
「高校卒業程度認定試験」不登校、中退者の夢開く
◆8年がかりの国会論戦 進学・就職を支援
「『高卒認定』進学半数超す」(日経)、「高卒認定試験合格者の半数が進学」(読売)――5月12日、新聞各紙に文部科学省の調査結果が、こう報じられた。「高等学校卒業程度認定(高卒認定)試験」は、大学入学資格検定(大検)が発展・簡略化されたもので、不登校生などを中心に受験者数が増えている。この試験の制度化までには、8年がかりで国会論戦を貫いた参院議員・松あきらの奮闘があった【文中敬称略】。
◆就職志望者に垣根高い大検
それまで大検は、受検対象を高校中退者や定時制、通信制の高校生などに限定。受検科目数も、松が初当選した1995年当時で20科目にも上っていた。もし、高校中退者が改めて専門学校などでの勉強を希望しても、入学するためには、この大検に合格する必要があり、進学・就職へ道を開く検定制度としては、あまりにも高い『垣根』だった。
98年9月24日、参院文教・科学委員会。「何とかしなければ」との思いを胸に、松は質問に立った。例えば、美容や料理などを学ぶ専門学校を受験する場合でも、高校卒業と同等以上の資格が必要な大検の制度上の問題点を指摘。「不登校になってしまっても、将来に希望が持てるように」と、大検よりも受験しやすい高校卒業認定の導入を訴えた。
だが、政府側は「制度的に難しい」と否定。それ以上に松が驚いたのは、「(大検の内容は)ミニマム(最小限)な内容として設定されている」との答弁だった。政府側にとって、大検は“難しくない”という認識だったのだ。
「どうすれば実態を分かってもらえるか」。考え抜いた末、松はある“作戦”を実行した。
同年11月24日。参院文教・科学委員会室に、700ページ近くにも及ぶ1冊の分厚い本を携える松の姿があった。題名は「大検ガイドブック」。それには、受検の手引きや過去の試験問題がびっしりと詰まっていた。
「ちょっと、これ、やっていただけませんか」。松は、委員会の前後や休憩時間などを利用し、何人かの議員に問題を解いてもらった。
委員の中には、名門の国立大学や海外の大学院を卒業した高学歴の国会議員も少なくなかった。しかし、皆、大検の問題に悪戦苦闘し、頭を抱えた。ある議員が思わず、こぼした。「こんな問題、本当に必要なのか」
「よし! これならば」。松は確信を持って国会論戦を続けた。

◆官僚の“原則論の壁”が崩れる
2001年3月16日、参院予算委員会。松が訴えた。「大検よりもやさしい高等学校卒業認定試験制度は、ぜひ必要」。答弁に立った文科副大臣(当時)の河村建夫は「松議員がこの問題にずっと熱心に取り組んでおられること、よく承知しております」と述べた。その上で「省内に検討委員会を設けたい」と初めて前向きな姿勢を表明したのだ。官僚たちの“原則論の壁”が崩れ出した瞬間だった。
大検制度の見直し議論は一気に本格化した。「高校卒業レベルの学力認定試験制度」が検討項目として盛り込まれた政府の「規制改革推進3カ年計画」が2002年3月に閣議決定。そして2004年8月の中央教育審議会の最終報告では、高校中退者の増加などを踏まえ、高校卒業程度の学力を認定する試験としての明確化や、科目数の削減などが盛り込まれ、ついに2005年度から「高等学校卒業程度認定試験」が創設された。
同試験では、大検では対象になっていなかった全日制高校の在学生も受験対象となったため、不登校生も受験可能になった。また、国語や数学、英語など主要科目を高校で単位修得していれば、学校長の許可のもと、高卒認定試験の合格に必要な科目(最大9科目)が免除される。
「不登校だった息子が大学受験に挑戦します」――今年(2007年)2月、松は一通の便りを受け取った。差出人は北海道札幌市清田区の主婦・坂下一美。昨年(2006年)6月に不登校になった長男(17)が同年11月、高卒認定試験を受験、見事合格を果たし、2008年春の大学受験に向けて勉強中だという。
便りはこう締めくくられていた。「松さんの国会での奮闘があればこそ。感謝しております」